〈きっかけ〉
現場の業務改善をすると、「“看護のやりがい”を感じることができるようになりたい」、「“やりたい看護”を実現したい」という表現をよく耳にする。これは、具体的にどういうことなのか、業務効率化して何を叶えたいのだろう、なぜ今は看護のやりがいを感じることができないのかということに、私は興味を持った。また、一般のスタッフから看護部長まで、さまざまなレイヤーと関わる中で感じたことが、上のレイヤーになるほど、看護をいきいきと語る人が多いなということ。昔のほうが、システム整備もされておらず、ド根性論の世界で大変だっただろうに、なぜ楽しそうに現役時代を話すのかということも、とても不思議だった。そんな自分の好奇心を満たすために、皆さんの思いをお聞きしているところである。
〈看護のやりがい〉
何人かのお話しを聞いて感じたことは、“看護の本質”はいつの時代も変わっていないということ。「看護とは対象者の生命力の消耗を最小にするように、修復過程を整えること」とナイチンゲールは言っている。“寄り添いの看護”“患者さんの笑顔のため”など、人によって様々な看護観に派生していくが、深堀していくと、本質であるナイチンゲールの言葉に行き着く。では、変わったことは何か。単に時代背景だと考える。現在の医療の現場は、特に急性期の現場は、患者さんを早く退院させることが第一になっている。その期間も時代ととともに、徐々に短縮されてきた。その短い時間の中にも多くの業務が詰め込まれている。そうすると、患者さんと関わる時間はもちろん短くなり、病態の観察とアセスメントで精一杯になってしまう。いわゆる実際の現場での看護業務と、理想の看護学実践に乖離が起きているのだろう。もしかすると、急性期医療では患者さんの目的も、早い退院と完治に移り変わり、看護師が理想とする看護を求めてはいないのかもしれない。そんな中で、どのように看護師のやりがいを追求することができるのか。もちろん、看護の本質を踏まえての実践は重要だとは思う。しかし、❝看護師の働きがい❞という視点で考えると、看護という業務の違う側面が見えてくる。私が支援先で聞いたのは、患者さんとのエピソードを交えてやりがいを語ったり、看護の楽しかったことをやりがいがあったと振り返ったりする看護師たちの言葉だ。とすると、まずは患者さんとの時間を創出することが、看護師がやりがいをもって働けることにつながるのだと考える。看護の本質の実践そのものは標準化できるものではないので、看護でない部分を効率化、標準化して、それによって創出された余剰時間を教育や実践に活用して“看護”の稼働率を上げていく。そうすることで、患者さんの側にいる時間も増えていき、現場の看護師さんがやりがいを感じることができるようになる。その実現のために私たちコンサルタントは現場改善を支援しているのだと感じ、さらに力になりたいと思う。
〈最後に〉
看護師は世間的にネガティブ印象操作をされがちであることも気になっている。そのような部分ばかり抜き取られてしまうと、働く人のモチベーションは下がり、看護師を志す人も減少していく不安を感じる。少しでもポジティブな部分が抜きとられるような発信の一助になりたいと思うし、”看護のやりがい”が発信すべきポジティブな部分だと考える。だからこそ、業務改善によって患者さんとの時間を創出し、各々の”看護のやりがい”を見つけられることを目指してご支援していきたい。現時点では師長や看護部長とのお話しが中心だが、現役スタッフや学生とも話してみたいと思っている。未来の人材が、何を看護として考えるか、何を学びたいのかを知りたい。
この記事を書いた人
著者名
役職



